| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ミミーの日 ~大好きなミミーとの思い出~


20100523ミミーのキルト

このキルトは、はじめてわたしと暮らした猫
大好きなミミーへ、わたしからのプレゼント。

当時の日記をみると、鉛筆のメモで

20100523日記帳

「1995年5月21日(日) キルト 昼 できあがり ミミーにかける」
                     
と書いてあり、その下に 「夕方からはく」・・とも。

そして日記の文章

朝 7:30前 下に行きたいと ドアにむかってニャンニャンなく
つれていく   下でモー モーとなく
ピアノ室 去年のコンクールの曲と バッハ
をひいて きいてもらう
ポピュラーをひくと うごいて もう上に
いくかんじ
下をひとまわり



5月22日(月)のメモ

午前中 はこでひるね
ベッドの上
とんだらあぶないので かいだんをおく


そして、5月24日(水)

ミミー、17年間、どうもありがとうございました。
今から・・を通って、・・に行きますが、これからも
ミミーとわたしは いつもいっしょです。いつまでもおねえのこと、忘れ
ないでね。おねえもミミーだけです。ミミーが世界中で
1番好きだし、これからも、ずっと愛してるから!どうか ミミー
天国で 健康に 楽しく、平和に笑ってすごしてください。そして いつでも
帰ってきてね。また、いっしょに暮らして 楽しく遊びたいです。
いつか、ミミーが 迎えにきて、ミミーといっしょに暮らすのを
楽しみに待って 頑張ります。 またね、momorisuより


20100523ミミーの日

そう、17年間たくさんの思い出をのこして
ミミーは1995年5月23日(火)の夜中 旅立ってしまったのだ。


一週間後の5月29日(火)の日記

一週間前の今日は、ミミーとすごした最後の日だ。
まさか、その日の夜、なくなるとは、思っていなかったので、いつも
通りに、いっしょに TVみたり、ミミーをだっこしてスープや牛乳
を飲ませたり、ゆったり過

               
途中でおわっている・・つらくて書けなかったのかな・・。

たくさんの愛を、そしてたくさんの思い出を本当にありがとう!

20100523大好きなミミー

ミミーは きっとキルトが出来上がるのを待っててくれたんだね。

ミミー、大好きよ。
         





5月23日はミミーの日
あれから15年・・
当時の日記を読むと、あたたかく
・・いまだにつらい。
思い出すと涙がでます。
にほんブログ村 猫ブログ 老猫・高齢猫へ
ありがとうございます。 にほんブログ村

5月17日の日記
スポンサーサイト

≫ Read More

| 思い出 | 20:23 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

悲しみにくれた一年 ~大好きなミミーちゃんとぺロちゃん~


小学生のころからいっしょに暮らしてきたミミーちゃん(男の子)が

ミミーちゃん
(お気に入りのピンクの毛布の前でポーズをとるミミー)


1995年5月、とうとうお星さまになってしまいました。

お鼻と肉球がピンク色で毎日きれいに真ん中分けにおしゃれしていたミミーちゃん。

小さい頃からピアノを習っていたわたしは、小学2年生の時に
念願のアップライトピアノを買ってもらいました。

ミミーちゃん
(これはエレクトーンがやってきたときのミミーちゃんチェック)


その嬉しさもあり、最初はガンガン弾いていたのですが、
専門的にしてたこともあり、楽しいことばかりではありませんでした。

友達が遊びに誘ってくれたのをことわり、ピアノを弾かねばならない日もあったのです。

そんな中で続けてこれたのは、ミミーちゃんのおかげ。

ミミーちゃん
(こんなかんじで練習中みててくれるのです)

ミミーちゃんは毎日夕方になるとピアノの上に乗っかり、
きっかり30分練習に付き合ってくれるのです。

ミミーがみてくれてると嬉しくて練習もはかどるし、終わったらふたりで
遊ぶという、本当に兄妹でした。

わたしも子供でしたので、けんかもしましたが、
ある意味 周りの誰よりも固い絆でむすばれていました。

ひっこしが多かったのですが、いつもいっしょ。

お散歩もいっしょに行きました。

お散歩ミミーちゃん
(15~16さいと思えぬ俊足の持ち主。しっぽはボブテイル) 

一本みちを駆け上がる速さといったらすごかったのです。

近くの公園にもおしゃれしてお出かけしました。

ミミーちゃん
(マントをひるがえしすべり台をすべるミミーちゃん)

やがて、兄妹から姉弟へ・・大人になり、そして1995年5月

ミミーちゃん
(エレクトーンの上にのって演奏するミミー(中)と
X'masに初めてラウンジで演奏(トリオ)した後抱っこして記念撮影(右))


とうとうミミーはお星さまになってしまいました。
ネズミのパンやベアをつくって庭のお花とともにお供えしました。


当時、モモちゃんは一階にいましたが、あるとき2階にあがってきて
わたしが泣いてる涙をそっとなめてくれました。

少しだけ苦しみから浮いてきたような気がしました。

それから、お外猫だったリスちゃんとお兄さんやお母さんとモモちゃんに
助けられながら毎日をすごしていました。

     
リスちゃんには、チョビちゃんとぺロちゃんというお兄さんがふたりいました。

チョッちゃん
(わたしと仲良しだった甘えっこチョッちゃん)

ぺロちゃんとリスちゃん
(ぺロちゃんとリスちゃん)

ぺロちゃんはなかなか人間になれずわたしも最初は抱っこできない状態でした。
   
・・が、リスちゃんのお母さんのウズラちゃんやチョッちゃんが撫でられたりしてるのをみて
安全なヒトとわたしのことを思ってくれたのか、
次第に足に擦り寄ってきてくれて抱っこもさせてくれるようになりました。

ぺロちゃん
(とてもやさしくみんなのムードメーカー的存在だったぺロちゃん)
         
そんな穏やかな日を送っていた14年前の11月6日、
若くて真っ黒のつやつや毛並み、健康診断はいつも好成績の
ぺロちゃんがとつぜん天使になってしまいました。

長生きの末とか、病気で・・とか以上に無念なお別れでした・・。

いちばん無念だったのは、ぺロ本猫だったとおもいます。

一年のうちにふたりの大好きで大切な兄弟とのお別れは
本当に言葉で表せないほどつらく悲しい出来事でした。

                
わたしは、「今までありがとう」の気持ちを込めてキルトをつくりました。

キルト ~ブルークリスマス~
(ブルークリスマスのキルト)

クリスマスは一年でいちばん好きな季節なのですが

キルト

大切な兄弟、ミミーちゃんとぺロちゃんは、もういません。

まさにブルークリスマスでした・・。


1995年は夢中になってキルトをつくり続けました。

キルト
(ミミーちゃんへ)

お花のキルト
(お花でいっぱいのところで幸せでいてくれるように願いを込めて)


そしてクリスマス、わたしがつくったキルトとベアで
さびしくないようににぎやかに囲んであげました。

1995年クリスマス
( ミミーの写真は、可愛くてめずらしいと街の写真館がショーウィンドウに
飾ってあるのを通りすがりに発見して、飾らしてもらったお礼にと
フレーム付きで頂いたもの。また、ギズモの横にあるのはお散歩用の靴 4足)
(真ん中のペロちゃんにみたてた黒猫は
ガラスの目が入った カラスから農作物を守るフランスの雑貨)


11月6日は、ぺロちゃんの日

・・と同時に1995年の悲しかった年が思い出されます。
わたしの力不足で外猫さんとして暮らさせてしまったこと。
          
リスちゃんにとっては家族と暮らした貴重な日々でもあります。


この後もわたしにはつらいことがあったのですが、
こうして日々暮らしているのは、ミミーちゃん、ぺロちゃん みんなのおかげです。

何年経とうが、あわただしい毎日を送っていようが、みんなのことを
思い出し、写真をみて語りかけ、感謝する・・そして
                        
 ずっと忘れない
            
・・これが今のわたしに唯一できることだと思うのです。

      
そして、今はモモちゃんとリスちゃんを最高にしあわせにしてあげられるように
わたしを育て導いてくれた兄弟(猫)たちに恩返しができるように
日々暮らしていきたいです。



11月8日(日)23時にアップしました。




いつもわたしをささえてくれた歴代の兄弟にゃんこちゃんたち
また大切なモモちゃんとリスちゃん・わたしの仲良し大家族に
応援よろしくおねがいします♪
にほんブログ村 猫ブログ 老猫・高齢猫へ
ありがとうございますm(_ _ )m

| 思い出 | 23:38 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。